ドイツ人「今の日本の芸者は売春婦ではないらしい」(ドイツの反応)
Eine Geisha packt aus

ttp://www.spiegel.de/karriere/berufsleben/buchrezension-sayo-masudas-autobiografie-die-letzte-geisha-a-851067.html
着物は高貴だが、体の接待をしたり、と人生はそんな華々しいものではない。
増田小夜は自伝「Die letzte Geischa」の中でこう語っている。
彼女の人生とは、そのままある職業のことを示す。

風貌は、顔は白く塗られ、背中には枕、下駄に足袋を履いている。江戸時代ごろから盛んになっていった。
「芸者」とは本来は芸人のことである。お客接待をする芸人だ。日本では、旅館の男性たちがよい気分になれるよう、女性が三味線を弾いたり物語をよんだりすることが問題となっている。
この仕事は、18世紀の終わり、女性によって始められた。それまで芸者とは、天皇を楽しませる為の宮廷道化師であった。しかしそこに女性が進出してきたことにより、仕事の幅が広がった。体を使った接待はこのとき生まれた。また、増田小夜が自伝の中でこう語っている。「私がこの世界に入ってから学んだことは、芸能と男性と寝ることだけです。」
正式には、売春婦と芸者は区別されている。ただし実際には、増田の説明によると、30年代40年代には両者の違いはほとんどなかった。
時が経つにつれて、性交は芸者の仕事ではなくなったが、それにもかかわらず誰も何かしらのイベントがあるときも、自分の娘に芸者のような格好をさせて学校へ行かせるようなことはしなかった。
このような光沢のある立派な着物のせいで、上品にみえてしまう職業は、実は決してそんなことはない。増田小夜が自伝で物語っているように、簡単な職業ではない。
•何をするのか?
男性を楽しませる。微笑み、他愛のない会話をし踊る。また、日本酒を毎回ついであげる。その為男性はたくさんのお酒を飲み、気分がよくなる。そして、男性が選んだ女性、または女性たちと一晩中宴会を続ける。そのことで芸者に宿を貸している主人は儲かる。名札によってしっかりと管理されているので、二重予約になることはない。
•仕事で使うもの
自分の体。これを推測するのは難しいことではない。しかし、ただ性交の為に使うのではなく、舞踊のためにも使う。「芸者」とは、「芸術」に精通している、非常に婉曲的な表現だが、誰かのことを指している。
そしてもうひとつ重要なものは頭である。自分に出番がくるように賢く振るまい、また最新の情報を話の話題にしたりする。男性は、今日の優れたホステルのような洗練された女性と話がしたい、と思う。または増田が書いているように、「お客は子供。芸者は栗。私たちは、自らとげとげの殻の外には飛び出してはいけない。だから『食べてください!』と言うの。」三味線を弾いたりすることだけではいつか、お客が飽きてしまう。
•仕事のモラル
もしあなたが母親に、わずかなお金の為に他の女性のところに売られ、そしてそこでもさらにお金の為に男性に貸し出されたとしたら…想像できないだろうか。商品とされ扱われるのだ、頭がおかしいだろう。増田さんの時代、目玉商品は遊郭の”後援者”によって自由の身にされ、購入者の愛人となった。そうして家や召使い、時には小さなレストランまで与えられ、次の芸者が”自由の身”にされるころ、やっと小さな自由を手に入れられたのだ。
•営業の悪い点
もちろん男性である。女性は、与えられるもの全てを受け取らなくてはならない。増田は、自分の叔父であっただろう斜視なタイプの男性の心を動かした。「死んでしまった人は、何も言うことが出来なくて、不運だったんだ。」「基本的に恋愛は禁止。」これに我慢出来ない人は、自殺していた。
•同僚
もちろん、同僚と呼ぶべきだろう。彼女達は、芸者小屋で「母」の虚政のもと「姉妹」として一緒に生活している。一部の人は、不見転などよくないことをして業績が悪くなる。「任意の男性なら誰とでも寝てしまうのだ。」増田はこう記している。
「一流の人」は、一部の芸者とだけ寝るのだ。まあ、この一流かそうでないかの違いについては議論の余地がある。
•価値があることか?
少なくとも増田は、農場での子守女として奴隷であった状態から逃げ出した。彼女が芸者小屋に辿りついた時も、彼女は再び一番下っ端の下女であった。彼女はそれでも、もっと上の身分になりたいとうずうずしていた。「芸者はりっぱな着物を着ていて、洗濯をするわけでもなく、下女として走りまわることもない。」
男性が支払うお金では、直接女性の心を動かすことは出来ない。まだ見習いの子には、お客の男性は半額だけしか払わない。だから男性客は、彼女たちを「半額」からきた言葉「半玉」と呼ぶ。
•どのくらい活躍していられるのか?
増田は、それは「セールストーク」によって決まってしまう。という。一流の芸者になれるやいなや、普通さらに10年は芸者として生きていける。その後芸者は、自分で自分の勘定が出来るようになる。
20歳を越えても、雇い主から自由になれない人は、不運であった。そしてそのことは最終的に、悪病からコレラへの変化でしかない。
•誰が適している?
この仕事は、縛られた生活ができ、自分の自我は畳の下にきちんとしまい、しっかりと目を伏せず奉仕出来る女性に向いている。この本では、この仕事の陰、つまり20世紀まで女性が高貴な愛人として訓練されていたということを知ることが出来る。
そして最終的に人身売買を基本としている。気がめいってしまう。
記事:Anne Haeming
コメント
jona kompa
芸者の仕事の変容と、間違った空想は、反論されないでいていいはずがない!
男性に一生仕えるのが芸者の一番の仕事。
でも今日の芸者は、お金持ちの日本人とお酒を飲んだり会話したりするだけで、危険はないと思う。ホステスのような仕事かな。憂鬱な生活を癒してくれるんじゃないかな。
sprucheklopferklopfer
僕は、こういった外国の文化を大衆文化の中でありきたりに訳してあったり、何十世紀も昔の伝統や習慣を、文化的に理想化されためがねをかけて理解しようとしたり、とにかくまあ、他の文化についてとやかく言う記事を読むことはあんまりないな。
Muddern
たぶんもう少し背景を知ったほうがいいと思う。
1 この本は、50年代のことが書かれている。著者は、1925年から2008年まで生きていた。
2 著者は温泉芸者と呼ばれていた。そのグループは、著者が生きていた時代には、実際の芸者よりも少し下に見られてい、実際売春をしていた。今日でも温泉で芸者は働いているが、お客と一緒に寝ることはしない。そのかわり、他の芸で楽しませている。
3 ちなみに、本のタイトルの訳だけど、増田小夜は最後の芸者ではないよ。
limelight76
私は、これほどまで、自分の人生を自分で選べなかった女性を批判するのはおかしいと思う!
ekel
この記事は、あんまりよくないと思う。昔のことばかり書いてあって、今現在のことがそんなに書いてないから!
この本は、芸者という仕事について書かれているのではなくて、ある一人の女性の人生についてだけ書かれているわ。
この記事を読むと、全ての芸者さんがそうであったかのように読み取れるわね。
dotter101
いい記者だけど、大事な事実については言及してないね。まあもしくはその事実を知らないのかも。
この本は、50年代の内容だから、今とはだいぶ事情が変わってきてるよ!
andreaz.12
こっちの本をみんなにおすすめし直すわ!
A Geisha's Journey:My Life as a Kyoto Apprentice
※荻野 NAO之さんが手がけた写真集
i-am-krogan
何もしらない人たちに間違った解釈をさせるような記事ね!
今日ある少しの事実だけでなく、何十年間分の資料を使って、なにかの物事について書くべきよね。
私は去年幸運にも、日本の芸者さんと知り合ったの。彼女たちはまったく奴隷のような身分ではなかったし、売春もしていない。それどころか、文化の一部を保っていくために、自らこの職業を選んでいたよ?
aeiou11235
前に「この本は50年代の内容だから」とコメントしてくれた人、ありがとう!それを書いてくれなければ、今でも日本では子供が売られている、って思ってしまう人もいるよ!
私は日本に住んでいて、芸者さんのように変装して売春してるの。でももちろん、本当に売春とは関係なくしっかり訓練された本当の芸者さんもいるわ。
この記事だと、今も日本では子供たちが売り買いされてて、芸者は売春婦として働いているってことを示唆しているのよね。どっちも間違っているんだけど。
no-mad
ついでに言っておくと、この記事の写真は芸者でもないし舞妓でもないよ!簪という髪飾りを、芸者も舞妓もつけないからね。この扇子も化粧の感じも、本当の芸者のようではないね。誰かがこういう曖昧な文化を紹介したとしても、白塗りをした日本人全てが芸者なわけではないから。そんな単純なことではない。
Hitsu
こういうテーマに対して、尊敬さがない感じで書かれているのは悲しいことだね。これだと、こういう話題に詳しくない人たちは、芸者は売春婦。みたいに考えてしまうよね。
記事:らっぱ
ウィーンのミカンを初めて買ってみました。おいしいんですが、皮がかたい!!!!びっくりするほどかたくて、みんなどうやって剥いてるのか不思議です。むいてる間に実がつぶれてしまいそうです(;_;)
増田小夜は自伝「Die letzte Geischa」の中でこう語っている。
彼女の人生とは、そのままある職業のことを示す。

風貌は、顔は白く塗られ、背中には枕、下駄に足袋を履いている。江戸時代ごろから盛んになっていった。
「芸者」とは本来は芸人のことである。お客接待をする芸人だ。日本では、旅館の男性たちがよい気分になれるよう、女性が三味線を弾いたり物語をよんだりすることが問題となっている。
この仕事は、18世紀の終わり、女性によって始められた。それまで芸者とは、天皇を楽しませる為の宮廷道化師であった。しかしそこに女性が進出してきたことにより、仕事の幅が広がった。体を使った接待はこのとき生まれた。また、増田小夜が自伝の中でこう語っている。「私がこの世界に入ってから学んだことは、芸能と男性と寝ることだけです。」
正式には、売春婦と芸者は区別されている。ただし実際には、増田の説明によると、30年代40年代には両者の違いはほとんどなかった。
時が経つにつれて、性交は芸者の仕事ではなくなったが、それにもかかわらず誰も何かしらのイベントがあるときも、自分の娘に芸者のような格好をさせて学校へ行かせるようなことはしなかった。
このような光沢のある立派な着物のせいで、上品にみえてしまう職業は、実は決してそんなことはない。増田小夜が自伝で物語っているように、簡単な職業ではない。
•何をするのか?
男性を楽しませる。微笑み、他愛のない会話をし踊る。また、日本酒を毎回ついであげる。その為男性はたくさんのお酒を飲み、気分がよくなる。そして、男性が選んだ女性、または女性たちと一晩中宴会を続ける。そのことで芸者に宿を貸している主人は儲かる。名札によってしっかりと管理されているので、二重予約になることはない。
•仕事で使うもの
自分の体。これを推測するのは難しいことではない。しかし、ただ性交の為に使うのではなく、舞踊のためにも使う。「芸者」とは、「芸術」に精通している、非常に婉曲的な表現だが、誰かのことを指している。
そしてもうひとつ重要なものは頭である。自分に出番がくるように賢く振るまい、また最新の情報を話の話題にしたりする。男性は、今日の優れたホステルのような洗練された女性と話がしたい、と思う。または増田が書いているように、「お客は子供。芸者は栗。私たちは、自らとげとげの殻の外には飛び出してはいけない。だから『食べてください!』と言うの。」三味線を弾いたりすることだけではいつか、お客が飽きてしまう。
•仕事のモラル
もしあなたが母親に、わずかなお金の為に他の女性のところに売られ、そしてそこでもさらにお金の為に男性に貸し出されたとしたら…想像できないだろうか。商品とされ扱われるのだ、頭がおかしいだろう。増田さんの時代、目玉商品は遊郭の”後援者”によって自由の身にされ、購入者の愛人となった。そうして家や召使い、時には小さなレストランまで与えられ、次の芸者が”自由の身”にされるころ、やっと小さな自由を手に入れられたのだ。
•営業の悪い点
もちろん男性である。女性は、与えられるもの全てを受け取らなくてはならない。増田は、自分の叔父であっただろう斜視なタイプの男性の心を動かした。「死んでしまった人は、何も言うことが出来なくて、不運だったんだ。」「基本的に恋愛は禁止。」これに我慢出来ない人は、自殺していた。
•同僚
もちろん、同僚と呼ぶべきだろう。彼女達は、芸者小屋で「母」の虚政のもと「姉妹」として一緒に生活している。一部の人は、不見転などよくないことをして業績が悪くなる。「任意の男性なら誰とでも寝てしまうのだ。」増田はこう記している。
「一流の人」は、一部の芸者とだけ寝るのだ。まあ、この一流かそうでないかの違いについては議論の余地がある。
•価値があることか?
少なくとも増田は、農場での子守女として奴隷であった状態から逃げ出した。彼女が芸者小屋に辿りついた時も、彼女は再び一番下っ端の下女であった。彼女はそれでも、もっと上の身分になりたいとうずうずしていた。「芸者はりっぱな着物を着ていて、洗濯をするわけでもなく、下女として走りまわることもない。」
男性が支払うお金では、直接女性の心を動かすことは出来ない。まだ見習いの子には、お客の男性は半額だけしか払わない。だから男性客は、彼女たちを「半額」からきた言葉「半玉」と呼ぶ。
•どのくらい活躍していられるのか?
増田は、それは「セールストーク」によって決まってしまう。という。一流の芸者になれるやいなや、普通さらに10年は芸者として生きていける。その後芸者は、自分で自分の勘定が出来るようになる。
20歳を越えても、雇い主から自由になれない人は、不運であった。そしてそのことは最終的に、悪病からコレラへの変化でしかない。
•誰が適している?
この仕事は、縛られた生活ができ、自分の自我は畳の下にきちんとしまい、しっかりと目を伏せず奉仕出来る女性に向いている。この本では、この仕事の陰、つまり20世紀まで女性が高貴な愛人として訓練されていたということを知ることが出来る。
そして最終的に人身売買を基本としている。気がめいってしまう。
記事:Anne Haeming
コメント
jona kompa
芸者の仕事の変容と、間違った空想は、反論されないでいていいはずがない!
男性に一生仕えるのが芸者の一番の仕事。
でも今日の芸者は、お金持ちの日本人とお酒を飲んだり会話したりするだけで、危険はないと思う。ホステスのような仕事かな。憂鬱な生活を癒してくれるんじゃないかな。
sprucheklopferklopfer
僕は、こういった外国の文化を大衆文化の中でありきたりに訳してあったり、何十世紀も昔の伝統や習慣を、文化的に理想化されためがねをかけて理解しようとしたり、とにかくまあ、他の文化についてとやかく言う記事を読むことはあんまりないな。
Muddern
たぶんもう少し背景を知ったほうがいいと思う。
1 この本は、50年代のことが書かれている。著者は、1925年から2008年まで生きていた。
2 著者は温泉芸者と呼ばれていた。そのグループは、著者が生きていた時代には、実際の芸者よりも少し下に見られてい、実際売春をしていた。今日でも温泉で芸者は働いているが、お客と一緒に寝ることはしない。そのかわり、他の芸で楽しませている。
3 ちなみに、本のタイトルの訳だけど、増田小夜は最後の芸者ではないよ。
limelight76
私は、これほどまで、自分の人生を自分で選べなかった女性を批判するのはおかしいと思う!
ekel
この記事は、あんまりよくないと思う。昔のことばかり書いてあって、今現在のことがそんなに書いてないから!
この本は、芸者という仕事について書かれているのではなくて、ある一人の女性の人生についてだけ書かれているわ。
この記事を読むと、全ての芸者さんがそうであったかのように読み取れるわね。
dotter101
いい記者だけど、大事な事実については言及してないね。まあもしくはその事実を知らないのかも。
この本は、50年代の内容だから、今とはだいぶ事情が変わってきてるよ!
andreaz.12
こっちの本をみんなにおすすめし直すわ!
A Geisha's Journey:My Life as a Kyoto Apprentice
※荻野 NAO之さんが手がけた写真集
i-am-krogan
何もしらない人たちに間違った解釈をさせるような記事ね!
今日ある少しの事実だけでなく、何十年間分の資料を使って、なにかの物事について書くべきよね。
私は去年幸運にも、日本の芸者さんと知り合ったの。彼女たちはまったく奴隷のような身分ではなかったし、売春もしていない。それどころか、文化の一部を保っていくために、自らこの職業を選んでいたよ?
aeiou11235
前に「この本は50年代の内容だから」とコメントしてくれた人、ありがとう!それを書いてくれなければ、今でも日本では子供が売られている、って思ってしまう人もいるよ!
私は日本に住んでいて、芸者さんのように変装して売春してるの。でももちろん、本当に売春とは関係なくしっかり訓練された本当の芸者さんもいるわ。
この記事だと、今も日本では子供たちが売り買いされてて、芸者は売春婦として働いているってことを示唆しているのよね。どっちも間違っているんだけど。
no-mad
ついでに言っておくと、この記事の写真は芸者でもないし舞妓でもないよ!簪という髪飾りを、芸者も舞妓もつけないからね。この扇子も化粧の感じも、本当の芸者のようではないね。誰かがこういう曖昧な文化を紹介したとしても、白塗りをした日本人全てが芸者なわけではないから。そんな単純なことではない。
Hitsu
こういうテーマに対して、尊敬さがない感じで書かれているのは悲しいことだね。これだと、こういう話題に詳しくない人たちは、芸者は売春婦。みたいに考えてしまうよね。
記事:らっぱ
ウィーンのミカンを初めて買ってみました。おいしいんですが、皮がかたい!!!!びっくりするほどかたくて、みんなどうやって剥いてるのか不思議です。むいてる間に実がつぶれてしまいそうです(;_;)

枕営業みたいな感じで売春婦ではないだろ
無知と偏見には凄まじいものがあるな。
ここは2ちゃんじゃないから帰りなさい。
しょーもない奴
・・・・・アハ何それw
髪型変。化粧変。眉墨なかったのかい口紅は小さく塗るんだよ。このモデル何人?はやむなしとして。
内容さらに怪しい本だし、ゴーストライター男かもしれんし、
どんな読者を狙ったのかな。
ドイツ人が少ない知識で本にツッコミ入れてくれてるのはありがたいんだけどぉ
芸者と温泉芸者の違いというのはまず説明しておくべきだな
偏見でもなんでもなく日本は未だ人身売買国家だよ
芸者が天皇陛下の宮廷道化師とあるけど、それがいつの時代の話しかを書いて欲しかった。
元々は芸者は男の仕事であったわけだから、太夫のような選ばれた人物なら天皇の御前で舞ったりしたかも知れないし、化粧も公家を模したこんな感じだった可能性もある。しかしこれは憶測。
それに女が芸者と呼ばれるようになってまだ間もない。だから舞ったとすれば男であると思う。
この芸者は戦後かな?だとすれば売春婦が芸者を名乗って金の為に嘘ついたんだろ。
ションベン芸者とか言われる、トイレ扱いだよ。
~~芸者といわれるけど、売春するようなのは
芸者とは呼ばれない。
芸者と共通する芸事ができる女郎ってだけだ。
サムライやニンジャはもう居ないし、ゲイシャも過去の慣習だと分ってる人がいるならそれでいい。
他国、他文化の事だからセンセーショナルに取り上げなければ売れないという事情もあったんだろうね。
「売春」がまるで日本独特であるかのように書かれているのも、自身(ヨーロッパ)の暗黒面に対する後ろめたさを刺激する出版社の演出が入ってるのかもしれない。
私たちが・・例えば「名作アニメ」の中で
農園に売られた子供が虐待を受けるシーンを見て
今のヨーロッパもそういう酷い身分制度や奴隷制度があるのかもと感じるのと同じだね。
ここが選ぶ翻訳のせいだろうけど
それを言うなら売買は慰安婦と同じ。
そのお陰で売るほうは借金返せるor大金稼げる。買うほうは性処理が出来てレイプなんかの性犯罪も減る。
売買の無い国はない。それは必要であるから。
日本は性産業が余りにも発達し過ぎて金がかかるようになった。
で、芸者やるには金が必要(パトロンが必要)。
日本花街史って本面白いよ
それらを知っててドイツ人があくまで温泉芸者の一人の一生だと語ってて興味深かった
日本人でも知らないことを知ってる外国人てすごいわ
と言うか、EU最大の売春国家・ドイツに言われたくないわwwwwwwwwwwwwww
普通の売買春とは言えないかもしれないけど
うまくやれば2号さんになれた
いあいあ、芸者とは元々は武芸に秀でた者の事をさす「武芸者」の事だから。
出だしから爆裂的に間違ってるじゃねえか。
枕営業的な部分は「自由恋愛」で済まされてた。
今のホステスやキャバ嬢と同じ扱いかと。
風俗嬢的な存在になると猫茶屋とかあるし。
化け物かwww
説明しても理解できないみたいなんだよね欧米人
えっ?
おまわりさーん!犯罪者がいますよーーー!!
>天皇を楽しませる為の宮廷道化師
多分平安鎌倉時代の「白拍子」のことだろ。
静御前みたいな。
歴史的経緯の説明は間違っていないが、18世紀とは時代が千年近くズレているな。
あるいは17世紀あたりなら、天覧興行もしたという説がある「出雲の阿国」のことなのか。
でも別に宮廷道化師というわけじゃないしな。
ところで芸者は売春しないけれども、それはそうと売春婦を見下すような言い方も問題があるわけで…。どちらにせよ男性の欲望を叶えるサービス業のプロフェッショナルなんだから、貴賤は無いと思う。
パシャ(ドイツの有名な売春宿)の女性より日本の芸者のほうが偉いとか、そういう事もないだろう。どちらもお疲れ様ですとしか。
ホストでも枕営業してる奴は「枕しねぇと客取れねぇ」と言われたり、「枕はしません」と公言する奴もいる。
現代の「芸は売っても体は売らぬ」だな。
まぁ昔の芸子とはそんなもの。遡ってくと時代時代で中身は全く違うからな。
芸子として女が入ってきて体を売ることもあったが、その場合は区別か差別か知らないが違う名前で呼ばれた。政治家が嘘付き過ぎて周りに「あいつは政治家でなくペテン師だ」と呼ばれるようなもんかな。
間違いないようにね
京都の舞妓さんに「一晩いくら?」なんて声かけるんじゃねーぞ
原作のメモリアル オブ ゲイシャは米のベストセラーだし。
よく知らん方が妄想全開できて楽しいのだろう。
体を売っちゃいけなかったってのが本来なんだけどね
遊女との住み分けで
妾文化が衰退して、遊女や女郎が売買婦として売り買いだけの機械的なものになってしまった気もする。
本来なら肌と肌を重ねるのは特別な感情も伴うし、いまみたく安価で女遊びは出来なかった。
・のむ・うつ・かう
かうは女。男のステータスみたいなもん。単なる性処理だけじゃないんだよな。
この際「売買」婦って名前を改めて慰安婦にしたらどうだろう?
そうすれば日本人にとって一石二鳥。もう一つが何かは貴方のご想像にお任せする。
旦那を持つ者もいるし結婚するのもいる。
現代ではこれもバレーダンサーと同じで
金銭的縛りが殆どないから自由なんだし。
グレープフルーツ食べるときみたいに、ナイフを使ったらいいと思うんですが。